どうもノッティーです!
もうそろそろ1か月になるんでしょうかね。
動きが悪くなって・・・。
まぁ今週は色々と指標があるんであまり期待はしていないですけど、
雇用統計が終わった来週からどう動くかが勝負かなと思ってます。
それでも動きが悪かったら休みを入れようかな・・・。
もしかしたら年内はずっと休業になる可能性もあったりして・・・。
なんて思っていますが、12月にアメリカの利上げの可能性が出てきたから、
まだ何とも言えないところではありますね。
ユーロドル
1回目:5.5pips
2回目:6.0pips
3回目:0.2pips
4回目:7.4pips
5回目:-4.6pips
最初から目線は下。
もう利大は求めずにコツコツと取るやり方にシフトを変えました。
こんな低ボラじゃ仕方がないです。
ポン円の方はまだチャートがキレイだったんですけども、
エントリーしたい動きでもなかったんで、ユロドルでした。
今日はマンガの話でも。
僕が定期的に読みたくなるマンガの中に、吉田聡短編集 バードマン・ラリー
というものがあります。吉田聡さんと言えば、湘南爆走族、純ブライド、
荒くれKnightが有名ですが、その漫画家さんの短編集です。
発行が1990年なので、もう25年も前なんですけど、
読んだ頃が思い出されるのもあるし、話自体の起承転結が
しっかりしていて面白いっていうのもあって、大好きな1冊です。
その短編集の最後に宮崎駿監督の解説があるんですけど、
その文章が秀逸なんです。
解説――吉田聡はドン・キホーテである――
マニュアルだらけの時代である。
ビジネスマンになるにも、つっぱりになるにも、マンガ家や将棋指しになるにも、マニュアルが用意されている。
針路を決めたとたん、手引書に従ってコース通りにつとめなければならない。
それがいやさに、針路を決めずに時間をかせぐと、結局どの辺に収まるかというマニュアルも出来ちまってる。
ぼくの前に道はない。自分は荒野へ歩み出すのだと、一寸前の詩人は戦慄と気負いをこめて語った。
自分達凡俗も、その言葉にそれなりの意気を感じた時代に比べて、今はなんと生きにくいのだろう。
ぼくの前には広い舗装道路が、それも大渋滞しかない。
横丁に踏み込んでも、そこはタウンマップにとっくに登録済みの看板と店だらけ。
立ちどまれば後から押され、こずかれ、ズルズル進んでしまう。損のないよう決められた道を進むしかない、そう感じている若者がなんと多いのだろう。
吉田聡の作品は、その世相に対する一貫した異議申し立てである。
「湘南爆走族」はその傑作であるが、まだ世間に出る前のかこわれた学園生活での大騒ぎという部分を持っていた。
主人公の江口達が卒業した後、どう生きていくのか……印象的なラストシーンと共にその想いが自分の中にずっと残っていた。
「湘爆」以後の彼の仕事をみると、作者自身がその後の江口達について考えつづけているのが判る。
かこわれた学園という舞台を、世間としての学園に捉えなおすことで答えを出そうとしているのだと思う。
膝を折ってしまった、あるいは折れかかった少年が、いかに自分の脚で立つかを、彼は熱をこめて語ることで答えようとしている。
「スローニン」は地味な作品だったがぼくは好きだった。本書の三編もいい。特に「ダックテール」はとても好きだ。
自分の脚で立とう。
習った言葉ではなく、自分の心を表す自分の言葉を探そう。
そうすれば、大渋滞の舗装道路の中にあっても、荒野を前に立つ戦慄と熱き想いがあるのだと、吉田聡は絶叫しているのだ。
ドン・キホーテである。
ぼくはドン・キホーテが好きだ。
宮崎 駿
(勝手に改行しています)
名作の最後に箔をつける宮崎駿監督の名文です。
このマンガとこの文章を読むたびに、「年を取ってわかることもあるんだなぁ・・・」
と思うんですね。最初にこの文を読んだときは、僕もガキだったんで、
「宮崎駿って誰?でも、心に残る文章だなぁ」
っていうのが感想でした。無知はおそろしいもんです。
僕もこういった文章が書けると良いなぁ・・・と読むたびに思うんですよねぇ。
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